近所の友達に誘われて〜ソフトボールに入部
〜舞鶴は〜ママさんソフトボールがさかんで
わが子の通う幼稚園は毎年優勝候補〜です。
私達もさっそく入れて頂きました。
幼稚園は遠くでしたが〜練習コートは家からすぐ近くで〜
毎回練習に参加しまた。
学生時代ソフトクラブと〜陸上の経験もあり何とか頑張りました。
毎回娘を連れての練習です〜相変わらず〜
”娘はチョコンとグランドのすみにすわり砂遊び〜〜
私はそんな娘を時々見ながらの練習でした。
”さすが優勝候補だけあり上手な人達の集まりです。”
私も何とか試合に出たいと〜〜練習は休まず頑張りました。
そのかいあり試合では〜新人の中で私1人Aチームに入れて頂ました。
友達はBチーム〜にもちろん両方のチームが優勝できました。
娘と〜優勝カップとメダル下げての写真撮影した思い出があります。
その後小学校のチームに入れて頂ましたが〜優勝はできませんでした。
たま〜に友達と2人〜町内の少年ソフトボールのコーチが用事で
出られない時に練習〜見てあげて〜と頼まれたこともありました。
*学生時代陸上の経験もあり走ることは得意で〜その後
地区の運動会などでも〜リレーなどに参加〜
年齢別で特別賞をいただいたこともありました。
最近は〜〜〜??です。
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【舞鶴の歴史】
〜〜安寿姫と厨子王伝説〜〜
子供の頃に読んだ絵本を思い出す人もいるかも知れません。
筑紫の国に行ったまま消息のわからない父を探して〜
岩代の信夫(しのぶ)郡から越後の直江津港までやってきた
母と姉弟は、ここで人買いにだまされて、母は佐渡へ〜〜
姉弟は丹後の由良の港に住む山椒太夫のもとへ売られました。
山椒太夫の屋敷で〜姉の安寿は汐汲み〜
弟の厨子王は〜山に柴刈と〜2人は過酷な労働を強いられる〜
ある日〜姉は、母から託された守り本尊の地蔵を〜
弟に渡し〜屋敷からの逃亡を促しました。
ためらう〜弟を逃した後、姉は入水自殺を遂げる〜
一方〜弟は〜国分寺の僧の助けにより〜無事都まで
たどり着きました。
守り本尊の地蔵がとりもつ縁で〜関白師実にみいだされる〜
よくよく尋ねてみると〜厨子王は〜
じつは陸奥掾(じょう)正氏の子であることが判明する〜
父の跡を継いだ厨子王は〜正道と名前を改め〜天皇から
丹波の国司に任ぜられる〜
出世した正道は〜母を向かえに佐渡に渡り〜
この地で盲目となった母と再会をはたす〜〜
とても悲しい伝説です。
〜次回は母の伝説にふれてみます。〜
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押し花とか音楽とか、文科系かと思ったのにすごいじゃん、、何でもこなす素敵なママだったのにね、、
母の伝説楽しみにしてます、
訪問書き込みありがとうございました。
私は〜どちらかと言うと芸術系が好きです。
スポ−ツも好きでしたが〜今は散歩をしながら〜自然にふれて〜
押し花の材料を〜集める程度です。
みのり
スポーツがお得意だったんですね(*^_^*)
今でも案外「電車に乗り遅れるぅ〜」とかになるとすごい俊足かもしれませんよ〜?
安寿と厨子王は看板が舞鶴にありましたねぇ。
そう言えば、大阪から京都に行く時に
「大江山」を通り過ぎるのですが
いっつも、酒天童子を想像してしまうのです^_^;
こんな話だったんだ〜とあらためて思い出しました。
私も弟と二人兄弟なので、苦労の話だったなぁという記憶はあったのですが。
地域に残る伝説だったんですね。
書き込みありがとうございます。
安寿と厨子王の絵本読まれたんですね〜〜
”子供を捜し求めて謡う歌がありましたよね「厨子王恋いしやほーやれほー」”
子供を捜して歌う母〜の気持ちがとても悲しげで〜かわいそうです。
みのり
書き込みありがとうございます。
スポーツですが〜学生時代と子供が小さな頃は大好きでた。
最近は散歩のみです。
”安寿と厨子王は看板が舞鶴にありましたねぇ。”旅行の時に見られたんですね〜
最近はあまり知られていないかも知れませんね。
悲しい〜安寿と厨子王〜伝説は〜今でも心に残っています。
みのり
書き込みありがとうございます。
”子供の頃に読んだ「安寿と厨子王」
地域に残る伝説だった”
そうです。〜この伝説は舞鶴だけでなく〜
新潟〜福井などにも〜この話が残っているようです。
みのり