今回は羽衣天女の伝説です。
日本各地にもいろいろな羽衣伝説が残されています。
〜〜羽衣天女伝説〜〜
「丹後風土記」(715年)の中に、日本最古の羽衣伝説の記述があります。
「丹後の比治の山(磯砂山(いさなごさん))の頂上に真奈井(まない)
という池(女池)があります。
この池に八人の天女が舞い降りて水浴びをしていると
里人の和奈佐という老夫が一人の天女の衣を隠し
無理に連れて帰りました。
一緒に暮らして十年あまり、万病にきくという酒を天女が上手に作り
和奈佐の家は栄えていきました。
しかしだんだん天女が邪魔になり、とうとう追放されてしまいました。
天女は泣く泣く荒塩の村(荒山)にたどりつき、のち哭木(なきき)
の村(内記)から舟木の里の奈具の村(弥栄町奈具)に落ち着きました。
この天女とは豊宇賀能売命(とようがのめのみこと)
豊受大神(とようけのおおみかみ)のことです。
弥栄町の奈具神社に祀られています。
比沼麻奈為神社(ひぬまないじんじゃ)でまつられています。
乙女神社には天女の子供が祀られています。
その後、伊勢神宮の外宮に移られるが、分霊は残されています。
!静岡県清水市にも「三保の松原の羽衣伝説」が残されています!
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〜〜乙姫伝説〜〜
乙姫さまちは竜宮城に住むお姫さまのことです。
乙姫とは姉妹のうちでも次女のことです。
浦島太郎は亀を助けたお礼に〜竜宮城に招待されます。
浦島太郎は時のたつのも忘れて、楽しい3年間を過ごしました。
太郎は乙姫さまと恋におちます。
ところが”ふるさとがこいしくなり”帰りたくなります。
太郎と恋におちた乙姫さまは何度も引きとめますが〜
乙姫さまは〜なごりおしそうに太郎に玉手箱をわたしました。
竜宮城の3年は地上の300年を現しています。
乙姫さまは人に親切にされると竜宮城に招待したりする
心優しいお姫さまです。
浦島太郎伝説に登場する「姫」伊根町の町内の字良神社には
「乙姫」の玉手箱や〜
「乙姫」の小袖が残されています。
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実は私、昔から解せないのですが・・・
浦島太郎は亀を助けたお礼に竜宮城に招かれたのですよね。
歓待されてご馳走になり、お土産貰って帰ってみたらおじいさんになってしまうっていうのが解りません。
浦島太郎は招待を断らなきゃいけなかったのでしょうか?いい気になって飲んで食べて宴会したのがいけなかったのでしょうか?
私は鎌倉生まれで鎌倉育ちで、夫も鎌倉の人間。夫の転勤で離れた時期はありましたが、鎌倉が終の棲家になると思います。
私が記憶している話では、竜宮城で過ごしたのは数日間で、
地上での700年(?)に相当するのだそうです。
竜宮城が琉球という説もあるんですって!
伝説って、なかなか奥が深いんですね〜。
鎌倉いい所ですね〜
みのり
訪問書き込みありがとうございます。
竜宮城〜日本各地にいろいろな異なる 話が残されていますね
”私が記憶している話では、竜宮城で過ごしたのは数日間で〜地上での700年(?) に相当するのだそうです。 竜宮城が琉球という説もあるんですって”
そうですね〜イメージからすると竜宮城は琉球の感じがしますよね〜 この話が丹後半島にもあるのはめずらしいかもしれません。
みのり
中々興味深くて面白いですね!
訪問書き込みありがとうございます。
”天女の羽衣伝説=三保の松原”
私もこの伝説を調べる前まではそう思っていました。
丹後半島には悲しい姫達の伝説がたくさん残されて
います。
みのり